フィギュアスケートについての文を読む01
生島淳の「フィギュア現行採点法はやっぱり変!? 世界選手権のキム・ヨナ騒動を検証。」をよんだ。
フィギュアスケート2010世界選手権フリーでキムヨナが1位、浅田真央が2位という結果に疑問を呈して、次のように言う。
「キム・ヨナはトリプル・サルコウの失敗で基準点が落ち、さらにはマイナス3の減点。加えてダブル・アクセルに関しては完全な失敗で評価はゼロ。丸々、ひとつの要素が抜けている状態なのだ。」
基礎点を基準点と間違えているのはさておき、サルコウは回転してからの転倒なので基礎点は減っていない。GOEが-3になっているだけだ。こんな単純な事実誤認から始まる。
そして、他でもよく言われるが、「2つもジャンプを失敗したキムヨナとほぼバーフェクトな浅田真央」という主張。
「対する浅田は、本人が言うように「パーフェクトな演技」に近く、トリプル・アクセルでダウングレードを取られたものの、完璧な「鐘」の演技が見られた。」
トリプルアクセルのダウングレードの意味が分かっているのだろうか?
キムヨナのサルコウの失敗による減点は、通常のGOEを+1.0として、-4.0、ダブルアクセルは基礎点-3.85+通常のGOE+1.0として、-4.85、計-8.85。
それに対して浅田真央のトリプルアクセルのダウングレードによる減点は、基礎点-4.7、GOE-0.48、そして通常のGOEを+0.6として、計-5.78にのぼる。キムヨナの失敗を2回分とすれば、浅田真央のトリプルアクセルのダウングレードは、失敗1.3回分にあたるのだ。それをあたかも軽いミスかのように扱っている。
さらに、浅田真央の演技を「「パーフェクトな演技」に近く、」といい、その根拠をきちんと示す代わりに浅田真央自身の「コメント」で誤魔化してしまっている。もちろん、選手本人のコメントは問題ない。自分の感覚では体もきちんと動いて、ジャンプもきちんと着氷し、失敗としての実感の小さなダウングレード以外はノーミスだったのだから、自分の演技を外から見ることのできない選手が自分の演技を「ほぼパーフェクト」だと思ってもそれは仕方がない。しかし、それが外から見たときその通りになるとは限らないことは、スポーツライターなら当然知っているだろう。本人はしっかり体を動かせたつもりでも、疲労をはじめとする様々なマイナス要因で本人の思ったほどには体が動かないということは良くあることだ(キムヨナのショートの信じられないミスの大きな要因)。浅田真央の場合はキムヨナよりはずっとバンクーバーに近い状態を保っていたが、それでもバンクーバーではトリプルアクセルを3本すべて決めたのに対し、トリノでは、2つがダウングレードされてしまったこと、そして、スパイラルシークエンスのGOEがバンクーバーでは、+2.60という神懸かりなものだったのが、トリノでは+1.60という良い点ではあるが平凡なものになっている、ということにはっきりと現れているように、やはり、調子落ちは否めない(くわしくは、こちら)。それを安易に浅田真央をコメントを援用して「パーフェクトに近い」で片づけてしまっているのは、詐術だろう。
そして、批判はトリプルアクセル(等高難度の技)の基礎点の低さに向けられる。
「現状の採点の問題は、難易度の高いジャンプの評価が低いことにある。」
「現状、トリプル・アクセルの基礎点は8.2。しかし浅田のプログラムを見ていくと、後半に組み込まれたトリプル・フリップ+ダブル・ループ+ダブル・ループのコンビネーション・ジャンプの基礎点は9.35になる。」
「キム・ヨナのプログラムで目立つのは冒頭のトリプル・ルッツ+トリプル・トウループのコンビネーションで、基礎点は10.00。どの選手よりも高い基礎点をたたき出す。」
これも、よく言われることだ。しかし、フィギュアスケートに通じている人間から見ると、全く噴飯ものだ。トリプルアクセルの代わりに、3連続や、トリプル・ルッツ+トリプル・トウループのコンビネーションを跳ぶことができると思っているのだろうか。女子のフリー・スケーティングの場合、ジャンプは7つの要素で、最大11回。しかも同じ種類のジャンプを跳ぶことには大きな制限が加えられている。その中で、その11回をどのジャンプで構成するかが問題なのであり、一つ一つの要素の基礎点だけが問題なのではない(詳しくは、「トリプルアクセルの価値 その1-その6」をお読み下さい)。単純に言えば、キムヨナのコンビネーションは、1つの要素だけど、ジャンプは2つ使って、基礎点10点。ジャンプ1回分は、5点に過ぎない。3連続に至っては、ジャンプ3つで、9.35なので、1回分は3点ちょっとだ。一方、トリプルアクセルはジャンプ1回で、8.2点だ。較べるなら、単発のアクセル8.2点と単発のルッツ6点(あるいは後半の6.6点)だ。
そして、こう結論づける。
「つまり、現状ではトリプル・アクセルに挑戦するよりも、コンビネーション・ジャンプの精度を高めた方が得点を稼げるのだ。」
これもよく言われていること。そして、「キムヨナのプログラムは簡単なものしかやっていない」という主張とも通じる。しかし、ここにも重大な事実誤認があるのだ。まず、キムヨナの予定基礎点は、浅田真央、レイチェル・フラットに次いで3位になる。その差もわずか3点ほどだ(キムヨナの2A+3Tが前半か後半かで変化する)。決してキムヨナは簡単なジャンプばかり跳んでいるのではない。そしてトリプルアクセルは、もちろん現在現役女子では、「浅田真央しか跳べない」ジャンプだが、キムヨナの3回転-3回転も現在、「キムヨナしかコンスタントに跳べない」ジャンプで(もちろん浅田真央は跳べない)、女子では、トリプルアクセルに次いで、極めて高難度なジャンプなのだ(詳しくは「3Aと3-3 その1-その6」をお読み下さい)。しかも、トリプルアクセルと3回転-3回転は対立項ではない。トリプルアクセルに挑戦しつつコンビネーション・ジャンプにも挑戦することもでき、実際来季の浅田真央はその方向を目指そうとしているようだ。
結論がどうこうと言うより、それ以前に全くの勉強不足、そして「自分の目」が欠如していることが問題なのだ。一般的に「言われている」こと(それも間違えだらけ)を寄せ集めて、「受けそうな」ことを書いているだけ。他のスポーツではいざ知らず、フィギュアスケートについて語る資格はない。
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